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熊本地震から学ぶ 日本の水道の課題

2016年07月01日

民営化ではなく、公営水道の発展が解決への道

 

水情報センター事務局長

辻谷 貴文

 

414日、熊本を中心とする九州地方を襲った地震は、2日後の16日の地震がさらに大きい本震となり、多くの住民を脅かしました。その後、今日に至っても断続的に余震は続いています。地震直後には全戸断水という状況にいたった熊本市においても、いまだ避難している住民はいるものの、ようやく復旧のめどが立ち、緩やかにもとの生活に戻りつつあると聞き及んでいます。

こうしたなか全水道労組は地震直後より「九州地方熊本地震災害対策本部」を設置し、現地の熊本上下水道労働組合や、大津菊陽水道労働組合などから、現場の「生の声」を集めつつ、厚生労働省の水道課や日本水道協会、さらには関係する国会議員に伝えるという作業に専心してきました。また同時に、現地のみならず全国の仲間に対しても、中央の動静を逐次伝えるなどして情報の共有や整理を行ってきました。

今回の地震災害は、これまで幾度なく発生した自然災害においてもそうでしたが、「水道」というライフラインをあらためて深く考えさせられる事態でした。

 

昨今の全国の水道事業を取り巻く環境は、ヒト・モノ・カネ全般にわたってネガティブな状況となっています。人口減少に伴う給水収入の減少や、施設や設備の老朽化による更新の問題、行財政改革として進められた職員削減・不補充などの問題は、「もはや待ったなし」に解決しなければなりません。全国の水道を所管する厚生労働省も警鐘を鳴らし続け、全国の自治体に向かって水道ビジョンの策定を呼びかけ、経営基盤の強化を訴え、近隣自治体(事業体)との連携を図る広域化などの方策を提起したりしながら、この「日本の水道の危機」ともいうべき課題に立ち向かっています。

今回の熊本地震は、こうした日本の水道が抱える危機を顕著に見せた事例として、今後の水道政策に大きな影響を与えるものと考えています。

 

「水道管路の更新率」では、当該の自治体の無関心や認識不足などの結果、今後100年経っても更新はままならない状況にある事業体も多く存在しています。管路の耐震化という観点で言えば、政府が掲げる国土強靭化計画も虚しく「ひとたび地震が来たら水道管は必ず割れる」という環境が出来上がってしまっているのが現実です。

これは、鋼管で成り立つ日本の水道の特徴とも言えますが、基幹管路のタグタイル管であれ、耐震管と言いつつも現実的には抜けたり折れたりする現状からすれば、全戸断水という状況が「避けられない」ということを意味しています。

また、水道職員の減少は、災害時においていっそう深刻な問題として露呈しています。乱暴で一方的な人員削減の顛末は、多くの自治体で、水道現場を知らない水道職員を生み出し、日頃から維持管理などの作業に携わっていない現実があり、災害応援に駆けつけた水道作業員、官民問わず困難に直面する実態も浮き彫りになりました。

こうした事態は、小規模な市町村ではさらに深刻です。地方ゆえ水源水質の良さに頼りきった日常の事業運営では、対応できる職員は数人しかいません。ひとたび災害が起これば「どうすることもできない」という事態に至ることが容易に想定されます。

 

水道事業はこうした危機的状況にあります。ところが政府は「日本再興戦略」のなかで、水道事業の民営化を「名目GDP600兆円」への規制・制度改革として推進しようとしています。政府が進める水道民営化は、公的管理部分の市場開放で投資を呼び込む経済政策であることはいうまでもありません。しかしこの「成長戦略」を水道事業に当てはめて推進することは、水道事業の危機を解消するのではなく一層深めるのではないかと、大いに違和感と危惧を持つものです。

無理矢理に進める水道民営化は、大阪市水道局に象徴されるように、これまでの市民の財産であった職員の技術力や、将来にわたる水道料金収入までも、民間企業に売り飛ばすものであり、議会や市民、住民の混乱を招くものです。【資料添付】

 

私たちは、水道事業の現場で日々の仕事を積み上げています。「公営水道の方が市民にとって良い」ということを、仕事を通して知っている者として、これまで労働組合活動や市民とともに考える取り組みを展開してきました。上述したような極めて厳しい水道の実態がありますが、「民営化で解決」ではなく、「公を高めて公営水道を発展させて解決」というオルタナティブをさらに広めなければならないと感じています。

水の問題は、「どう生きるか」ではなく「生きられるかどうか」の問題であり、その地域の「統治」の問題です。その地域・地域で最良の答えを、みんなで導き出さなければなりません。願わくば、流域を単位に「市民の水」を、下流から上流、上流から下流を双方向で考える枠組みがより良い選択肢となることを、市民一人ひとりが考え行動しなければ、いつか起こり得る災害に際して後悔の念に駆られることでしょうし、いつか「誰かに支配された水」を自らが得るのではなく、服従し与え賜らなければならない時代が到来するかも知れないのです。

WATER PLAZA 6月号(2016/7)
PDF ちょっと待って 水道の民営化!.pdf