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[世界の水情報]
イタリア、トリノ市が水道再公営化を決議

2018年02月08日

トランスナショナル研究所 岸本 聡子

 

2017年109日、トリノ市議会はトリノ市都市圏の水道の民営化をやめ、再公営化への一歩を踏み出す決定をした。トリノ市の水道は自治体が100%株式を所有する株式会社が15年以上担ってきた。自治体の所有ゆえに公的な価値や管理を残せるという主張が日本にもあるが、トリノ市の例は株式会社という利益追求の経営形態が、たとえ自治体所有でも水道利用者と環境を守るために決定的な問題であることを顕著に示している。そして一度このような形態を選択した場合、直接の公的管理に戻すことがどれだけ困難かもトリノ市の例は教えている。公共財として水と水道を取り戻すトリノでの成功は決して単独ではなく、粘り強いイタリア全土でつながる水の権利運動が背景にある。

1945-1990年の公営水道時代

戦後1945年に再建されたトリノ市の水道の多くが現在に至っている。1945年から1990年の間、トリノ水道サービスはトリノ市の所有の下、行政の一部として直接運営されていた。この間、人口は70万人から120万人に増加し、公営水道は現代化しながら拡大した。またこの間イタリア最初の下水処理施設ができトリノ首都圏の下水処理にあたった。トリノ公営水道は最先端、効率的かつ利潤の高い水道として名をはせたが、それは同時に民間企業を引き付ける結果となった。企業団は長年にわたって政権にロビー活動を展開し、地方水道の民営化を可能にする法律や規制緩和が徐々に整っていった。

1997-2001年の民営化の時代

1997年、トリノ市議会は民営化の波に取り込まれた。トリノ市水道サービスは、名を変え、市による直接の運営は終了した。トリノ市と周辺36の自治体が株式を所有するトリノ首都圏水道株式会社(SMAT SpA)が設立された。このとき水は商品となった。SMATの法的な位置づけは商法の下にあり利益を株主に配当するSpA(株式会社)である。トリノ首都圏水道株式会社は利益追求を第一とし20014月にスタートを切った。

水道事業の利益追求の問題

トリノ首都圏水道株式会社の株式は100%自治体群に所有されているとはいえ、イタリア水の権利運動(Forum Italiano dei Movimenti per l’Acquaはこれを公的な水道運営とは考えない。例えば利益追求企業にとって施設の維持更新コストは利潤を減らすので最小化される。トリノ市では500キロメートルに及ぶアスベストの水道管の変換がいまだ行われていない。

首都圏内の小自治体では古い水道管による水質問題、水源そばでのずさんな維持管理や安全対策の欠如による水道サービス一時停止は珍しくない。戦後すぐに整備された水道管は交換されないまま、現在の高い漏水率の原因になっている。入手可能なデータ[1]によると、2009年の漏水率は25%で、2016年には47%に増えている。トリノ首都圏水道株式会社はこの数値を認めていないが、少なくとも年間92,000,000 m³の水が失われたことは認めざるを得なかった。トリノ首都圏水道株式会社によるとこの量は「普通」である。

取水された水量(

水道利用者に徴収された水量(

その差(

ネットワーク内で失われた水の割合

2009

300.000.000

225.000.000

75.000.000

25,00%

2013

337.330.336

175.380.000

161.950.336

48,01%

2015

350.000.000

182.580.000

167.420.000

47,83%

2016

356.000.000

189.550.000

166.450.000

46,76%

 

水道水の質もまた問題である。塩素消毒はもっとも安価な方法であるが、水の味や安全を損なわない他の方法は高すぎるので考慮されない。トリノ首都圏は下水処理施設が依然として不足しており、未処理の汚水が川や下水口を汚染している。しかし下水処理施設の建設と運営はコストがかかるため進まず、市民の健康や環境は後回しにされている。さらに、トリノ首都圏水道株式会社は提供していない下水処理サービスを水道利用者から徴収していたため、利用者は2008年に憲法裁判所を通じて返金を求めることを余儀なくされた。過小投資と不適切な維持管理は当然の結果としてサービスの低下を招いたにも関わらず、2012年から15年の間に水道料金は16.2% 上昇した。

イタリア水の権利社会運動 (2001 -2007)

2002年フィレンツェで行われたヨーロッパ社会フォーラムにてイタリア水の権利運動は誕生し、水道の脱民営化を求める全国的な運動が始まった。イタリア水フォーラムは民営化された水道サービスを公営に戻すことを求める市民立法を起草し、法的に要求される署名数5万を大きく上回る40万筆の署名を集めた。しかし水の公的管理を定める法律制定の国レベルでの運動は、イタリア議会が二期の国会会期にわたって署名を無視し失効したため、成功しなかった。このすぐ後、トリノ水の権利運動は独自に数千の署名を集め、市議会と県議会に水は商品でなく公共財であり、故に公的な管理のもとに運営する原則を法令に明記することを求めた。この運動は成功し市の法令に変更が加えられた。

国民投票―水を人々のもとに (2009-2011)

2009年、ベルスコーニ右派政権は民営化を劇的に加速させる方法として、地方自治体が所有する水道会社の株を最低でも40%売却することを強制する法律を通過させた。それに対する国民反発は大きかった。この法律を無効にすることを求める国民投票の実施のための200万近い署名が集まった(国民投票実施に求められる署名数は50万)。201161112日国民投票が実施され有権者の65%が投票所に足を運び、そのうち95%にあたる2700万人がベルスコーニ政権の民営化法の撤廃に賛成票を投じた。さらに国民投票は水道事業から利益を上げることを禁止することも求めたが、国民投票の成功でこれも国民から支持される結果となった。水は利益を上げる対象ではなく、すべての人が安全で安価な水への権利を持っているという考えは国民に支持されたと、国民投票運動を草の根レベルで展開したイタリア水の権利運動は勝利を祝った。汚職や縁故主義を防ぐために水道利用者と水道労働者の水道事業への参画が必要であると運動はさらに一歩進んでいく。

国民投票後;水道運営の利益追求、ミスマネージメントが続く

国民投票は民主主義的に大きな成功であったにも関わらず、イタリアの国政と大多数の自治体はその結果を無視し、利益追求型の水道運営を変えることはなかった。水道料金に企業の利益を含めてはならないとする原則は無視されるか別の名(例えば「財政上の料金」)として上乗せされ続けた。トリノ市もその例に漏れなかった。20082011年にかけて水の消費量が減りトリノ首都圏水道株式会社は例年よりも46,652,540ユーロの減収となった。トリノ首都圏水道株式会社はこの損失を回復するために「2012年前のバランス調整料金」と称して2012年以降の水道料金に上乗せをした。これに怒ったトリノ市民は法廷に訴えて対抗し、最終的には調整料金としての上乗せは違法と裁定された。

トリノ水の権利運動の戦略(2011- 2017)

トリノ市と周辺の自治体がトリノ首都圏水道株式会社100%の株を所有するにも関わらず、国民投票後も環境と利用者を顧みない経営を自治体は容認し続けた。そのためトリノ水の権利運動は、国民投票で支持された原則を実施するためにトリノ首都圏水道株式会社の再公営化をトリノ市に求める新しいキャンペーンを始めた。当時議会で多数を占めた民主党は一年半の間この運動をやめさせるために躍起になった。そして最終的にはトリノ首都圏水道株式会社の再公営化の市民提案を却下した。それでも運動を懐柔、または納得させるためか、2014年に民間株主の株式取得条件を厳しくしたうえ、トリノ首都圏水道株式会社の利益は20%のみ株主配当を許し、のこりの80%は水道事業に投資する資本として社内に留める規制を作った。この意味するところは、200811年の間利益の72%が株主(この場合自治体)に配当されていたことを比べるとわかりやすい。配当金は自治体の一般収入となると水道事業には投資されないのが通常である。利益の大部分が水道システムへの投資に確保されるのは歓迎したものの、トリノ水の権利運動は決してそれで満足しなかった。

トリノ市議会、民営化を覆す

2016年の地方選挙で民主党が敗し、市議会は五つ星運[2]圧倒的多数となり転機は訪れた。最初、五つ星運動との間で衝突や誤解があったものの、五つ星運動とトリノ水の権利運動は徐々に関係を築いていった。2017年始め、五つ星運動の議員の数人がトリノの水道システムを再公営化する決議案を起草し、後に他の政党(Torino In Comune and Direzione Italia)も加わった。そして2017109日に決議案は圧倒的多数で決議された。

トリノ市は再公営化に向けて確実な一歩を踏み出したが、この道を実現するためにはトリノ首都圏全体としての協調を要する。現在のところ306の自治体のうち40自治体が、水道を公法のもとにおき公的水道を回復させることに同意しているのみである。他の周辺の自治体を根気強く説得し、首都圏全体で水道の所有と管理を公法の下に戻すことが次なる課題である。

 

             

この原稿はアタックイタリア、イタリア水運動トリノ委員会メンバーであるマリアンジェラ・ロッソレンが執筆、岸本聡子が編集したものを後者が日本語に訳し必要な解説を加えたもの。原文は英語で20181月にトランスナショナル研究所が発表。

 

[1] www.cittametropolitana.torino.it/cms/ambiente/risorse-idriche/catasto

[2] 2009年にイタリアのコメディアン、ベッペ=グリッロによって結党。「五つ星」は水・エネルギー・開発・環境・交通の5領域を意味する。2013年の総選挙ではインターネットを駆使した選挙運動を展開し、財政緊縮策に反対、既成政党を批判する姿勢が支持を集め、躍進、イタリア民主党に次ぐ第2党となった。2012年の統一地方選挙でパルマ、ミーラ、コマッキオなどの自治体で首長ポストを獲得、また南部シチリア州の州知事・議会選で比較第一党。2016年、同党からローマ市長、トリノ市長が当選した。